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↑旦那があげた極小口琴を演奏する、トラン・カン・ハイさん
ここのところ、外に出るのがおっくうだったが、旦那が「トラン・カン・ハイさんが高円寺の円盤でライブする」というので、重い腰を上げることにした。
ハイさんは、前回2004年に来日している。前の来日のときには、当日具合が悪くなって行けず、今回が約10年ぶりの再会になるはずだ(しかし、周囲は2004年に会っているというのだが、私にはその記憶がなかったりする)。
前の1999年に会ったときは、私は口琴のことはまだよく知らず、楽器店で“ボルネオの口琴”として売られていたと、その時持っていた口琴をハイさんに見せると、初対面でいきなりその口琴を手に取り、速攻で演奏して見せてくれた。そして、その口琴は日本人が作っていること。スタイルはフィリピンのものであることなどを、教えてくれたのだ。
しかし、あれから10年経っている。よもや、私のことなど覚えていないだろうと思っていた。
しかし、円盤に入るなりハイさんは私に近寄ってきて、握手とハグとほほにキスをしてくれ、再会を喜んでくれたのだった。とてもびっくりすると共に、覚えてくれていたことに感動してしまった。
ハイさんの演奏スタイルは、ホーミー、口琴、スプーンである。ホーミーもモンゴルスタイルではあっても、倍音部の音階を自在に変えられるという技は、当然ながら10年前より磨きがかかっていたし、スプーンも超絶技法と言えるほどのスピードと技で、会場は大喜びだった。
口琴は、サハの口琴の音の出方について説明をしていたようだったが、あまり英語がわからないので、実際どうなのかは不明。
それでも、ハイさんのフレンドリーな人柄があらわれた、アットホームなライブで、重い腰を上げてよかったと思った。
2004年のときのライブのキャッチコピーは、「東京振動」。演奏の途中に、実際に関東地方に震度4の地震が起きて、見ている人は一時騒然となっていたが、ハイさんはそんなことにはまるで気づかない様子で、説明を続けていた。
この日は、数年前にトゥバに行ったきりになっていたAさんが来ていて、「9月にまた行きます」と話していた。向こうでの生活は快適らしいが、数年に一度ビザの関係で帰国しなければいけないのが、なかなか大変らしい。
トゥバに行く前より多少ふっくらとした印象だったが、元がほそっこかったので、ちょうどいい大人の女性の雰囲気。休憩時間に声をかけてくれ、色々と話を聞かせてもらった。
帰りに、ハイさんとAさんと、それぞれに再会を約束して帰路についたが、久々に早く帰ってしまうのがもったいない夜だった。
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