◇トルコ旅行記 〓6月3日 トプカプ宮殿2〓
2007-07-03


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トプカプ宮殿の厨房の遠景。大きな煙突がいくつも並んでいる。

■トプカプ宮殿2


とてつもなく広い厨房の見学を終えても、それ以上に広い宮殿の中のまだ半分も見ていない。
厨房の見学で面白かったのは、スルタンに仕える人々が食事で意思表示をしていたということだ。自分の仕事やその報酬に満足している場合は、食事をたくさん食べることで意思表示する。反対に仕事内容に不満がある場合や抗議したいときには、食事に手をつけないことでスルタンにその意思を伝えたらしい。ハンストとはよく言うが、実際にハンガーストライキが現実にスルタンとの交渉に用いられていたというのが興味深かった。また、トルコでは客人には食事をたくさん用意して歓迎の意を表すと何かで読んだが、昔のこういった風習が今でも残っているのだろうか。そうすると、客人も出された食事を充分に食べることで、歓迎に対する感謝の意思を伝えなければならないのだろうなと思ったりもした。


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銀細工のミニチュア。細かい細工がすばらしい。 銀のお茶道具。
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第二内庭の風景。木の幹に穴のあいた木が多く、その中に入って涼んだり写真を撮る人が多かった。


厨房が並ぶ第二内庭を抜けるとバービュスサーデット(白人かん官の門)に到着するが、見学者でごったがえしていてなかなか中に入れない。英語ガイドについて歩いている人たちのかたまりに続いて門の中に入ると、第三内庭に入る。この庭の中には、謁見するための建物や図書館、遠征隊の訓練学校などがある。かん官用のモスクもあり、遠征隊がここで全ての生活をまかなえるように作られている。
どこの国でもそうだろうが、スルタンおつきの軍隊ともなると当時は大変なエリートだったのだろう。このような絢爛豪華な場所で毎日を過ごすというのはどんな気分なのだろうか。
ここを歩いているときに、つくばにいたとき工業技術研究所(現 産業技術総合研究所)で働いていたときのことを思い出した。工技院ができた当時、つくばの町はまだまだ何もないところだったので、工技院の敷地の中は病院、スーパーマーケット、散髪屋、スポーツ施設まであらゆる設備が整っており、この中だけで生活ができるようにできていた。単身赴任の研究者の中には、ほとんど宿舎に帰らずここで大半の生活をまかなっている人もいたので、長くつくばに住んでいても町中のことをほとんど知らない人もいたりした。今も昔もエリートのいる場所というのは、どこか俗世とは違うのだなあと思ったのだ。


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